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水野先生と三百年密室 村瀬継弥/著 [本の感想]


水野先生と三百年密室

水野先生と三百年密室



教師になりたいという夢を持ちながらも、すべての採用試験に落ち、塾講師として暮らしていた水野は、香川県にあるとある女子高の臨時採用試験を受ける。かなりの倍率と他の受験者との学歴の差に諦めていたところ、なぜか採用されてしまう。嬉しい気持ち学校に出向いた水野は、理事長から自分が採用された意外な理由と依頼を聞く。以前学校で起きた殺人事件の犯人を見つけて欲しいというのだ。しかも、事件前後の状況から、犯人は自分の受け持つ1年6組のクラスにおり、さらにその中の3人の生徒が犯人最有力候補だという。事件に取り組むうち、『生徒は全員犯人ではない』と考えるようになった水野は、どうにか生徒たちが元気を取り戻せるように奮闘する。そんな時、ある村にある『御信用蔵』の謎の解決の公募にクラス全員で参加し、クラスのイメージアップを目指そうとする。殺人犯は誰なのか?


三百年に渡る『御信用蔵』の謎とは何なのか?殺人犯は誰なのか?という部分がメインの謎で、『御信用蔵』は付けたし、おまけのようなもので、別にこの謎でなくてはならない必然性は全くといっていう程無い。しかも、メインの謎に関しても、どうもいまひとつ深みというものが感じられなかった。それより何より、『教育とは。教師とは。』というこの作者独特の青臭さと偽善者ぶりが鼻に付く。そんなに作中で熱い教師像をかましながらも、水野の推理はいかにもその場しのぎの薄っぺらさだし、生徒は無条件に信じるけれど同僚である教師にはまったく疑惑の目を向けないというのも頂けない。いかにも所謂先生の発想。教師である自分自身(作者)の、教師・生徒とはこうでありたいとか、こうあって欲しいという『願望』なのだろう。こんなに読んでいて気の詰まる作者というのも、ある意味珍しいと思う。殺人事件の全容は、引っ張った割には平坦でありがち。警察が解決出来ないというのが不思議なくらい。不思議といえば、学校の理事長はじめ教師のほとんどが、1年6組の生徒の中に犯人がいる、というのにまったくの疑いを持っていない事。そして、その中から何が何でも犯人を出したいと思っている事も不思議に思う。これが何故揺ぎ無い前提になっているせいで、この物語全体が『謎解きを書きたいが為の小説』のようになってしまっていて、薄っぺらさを更に醸し出している。『御信用蔵』の謎の方は、物語には全然関係ない。なので、いくら良く出来たトリックだとしても、面白さは半減だろう。ま、面白いかどうかは微妙なところだが。結局、いくら良く出来たトリックだとしても、それに付随する物語が面白くないと、ただの図面上の不思議でしかありえないといったところか。とにかく、こんな先生は胡散臭くて嫌だなーというのが感想。


(2007年8月の感想)
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